世界樹とかタイムホロウとか

世界樹2はクリアしました。
25Fクリアして、すっかり、やめました。
これよりの修羅の道に踏み込むには、
この時期、ちょっときついと。
とりあえず、モンハンの前にクリアできたので良しと。

DS、タイムホロウというゲームを買いました。アドベンチャーです。
一日でクリアしましたけど、感想はあんまり…。書きたくないなぁ。
一言で、つまらんかったんですよね…。

タイムパラドクスが題材のゲームはたくさんありまして、
枯れているようでいて、けど最近はやっぱり少ない気がします。
思い出深いのはどうしても、エルフの「YU-NO」です。
今やり直せばそうでもないかもしれないけれど、
当時受けた衝撃は凄まじいものがありました。
それ以前にも、
「デザイア」があり、「街」があり(街はザッピングだけど)、
いい時代だったと言えます。おなかいっぱいです。

ただ、大昔からドラえもんや火の鳥で取り上げているように、
歴史を変えると、ifの世界が起こってしまい、
ただ単に「パラレルワールド」という言葉で済ます事ができない広がりが出てきます。
「風が吹けば桶屋が儲かる」「アジアで蝶が飛ぶとアメリカの株が下落する(だっけ?)」など、
カオス理論に通じてきてしまい、
ある地点から見回した過去未来は、無数のベクトルによって構成されている、とか、
時間とは非可逆ではなく常に双方向性を持った単位でしかないとか、
突き詰めていくと輪廻だ転生だなんてもんよりも、
精神体と仮定する力場は常に一つで全ては一にして一は全てを構成している、とか。
まぁ、中二病のような設定劇を、まさしくガキの時分に思い描いていたもんです。

タイムパラドクスは、突き詰めてもどうしようもない状態になるので、
ネタとして扱う場合はそれ相応のルールなんかを決めておく必要があります。
上手く説明しないと、ユーザを置いてけぼりにするし、後出しで卑怯だと言われる元にもなります。

本来、時間軸をいじる時点で、それは原子レベルで考えられなくてはいけません。
水素ひとつにしろ、原子の座標軸が変異するだけでも、問題なはずなので。
同様に、真空ではないわけだから、時間が凍結されたようなシーンで、
固体だけを移動できるようなシーンも問題です。
固体の質量を表しているならともかく、「周りの空気も移動している」様子を描かないと、
移動しない空気と移動したい物体が摩擦して爆発しますよ。
こういう細かい部分を説明することは大抵無いんですが、
どこまでをお約束とするかによって、「SF的に見せようとする手法」が、
「ドラえもんの便利アイテム」にまで落ちていきます。
それは悪いわけではないけれど。

果たして、タイムホロウというゲームを買った人は、
どれだけ「これはドラえもんっぽいです」と思って買ったか、ということです。

パラレルワールドに対し、時空から除外されたものを説明している時点で、
もう矛盾なんですよ。
並行を認めた時点で、「救われない世界」が存在することを認識しなければいけない。

また余談。
大昔。AIRというゲームがありましてね。ええ、KEYという会社の。
これ当時、美凪のルートに惚れ込んでいまして。切なくて、ね。
美鈴なんてどうでもよかったんですよ。
けど美鈴を進めて過去編入って、カラスになって、輪廻…。そんなEndになります。
1000年の呪縛からの開放が主題だったりもしたので、ゲームとしては良いんでしょう。
けど、これは一切、美凪、関係ないんですよね。
ゲームのトゥルーエンドと美凪が全然絡まない。
そこに救われないルートが存在してしまうんですよね。

ある意味でシステム上、当たり前なことなんだけど、
ここまで完全に否定してきたシナリオも珍しかったので、
当時は何か憤慨しました。

全部を救うことはムリなんですよね、パラレルを認めている以上。
けどこのゲーム、救うために過去から人を連れてきちゃったりする。
まぁそれは良い。連れてきちゃった人が目の前に居るんだから。
けど。
過去が改ざんされると、救ったはずの人がまた救われない存在になってしまう。
あろうことか無かったことになる。
これがおかしい。
パラレルであることを認めているのに、過去については一意性を遵守しているんです。
つまり、過去ほど木の幹であり、枝の元である、と。

それは単純に考えても凄まじいことなんですよ。
だって、「創り出したもう一つの世界」を「簡単に無かったことにする」ということは、
世界を滅ぼしていることと同義です。
パラレルワールドの飽和性なんてものを掲げて世界の危機をネタにするものもありますけど、
(ぼくらの、とかね)
過去を改ざんした結果が現在にストレートに反映されるようでは、
まるでパラレルになっていません。非可逆であり、一意です。
それでも、このゲーム、パラレルを詠ってるんですよね、それが分からない。

ようするに。
何が言いたいんだ、と。ルールが適当すぎるんですね。
いや、「ご都合主義」でまとまるんですよ、ただその一言だけで。
「所詮ゲーム」みたいに。「子供の遊び」みたいに。
せめて「ドッペルゲンガー」について、変な解釈をしていなければ、
ここまで食いつくことも無かったかもしれません。

たぶん、作ってる人も良く分かってないんじゃないかなぁと好意的に見てます。
「この程度でいいだろ」と思って作ったにしては、微妙に力が入ったところがあるし。
まぁ、脚本作った人は、せめてSF小説とかをもう少し読んだほうがよかったんだろう、
それだけは確かですけどね。
私だったら、こんなシナリオにGo出しませんから。

突っ込みどころ満載。
ぜひ、ネタとしてどうぞ。

…やっぱり長くなったか。

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