うみねこのなく頃に2nd

なんだかんだで12時間ぐらいかけたでしょうか。…気づいたら朝方だった。
感想を。
出来るだけネタバレ無しで、って思ったんですけど、いいや。

ひぐらしの解のときから、微妙に「作中作」の形式を取ることがありました。
特に祭囃しですかね。羽入が居る時点で視点が変わるのは当たり前なんだけど。
このうみねこ2ndはここら辺が更に違う。

なんでこういう形式にしたのか賛否両論ありそうですけど、
俯瞰をただの三人称視点とすれば、それを見下ろす「作中作」の視点もある。
だけど、ベルンは「それ」を見てるんですよね。その上があるという。
ベルンの視点は我々ユーザと同じ視点のように見えますけど、実は違う。

それはクリア後に出るメッセージで、ユーザの立場にある「その存在」が描かれているんです。
「あなたはまだ生まれたばかり」「ひざを抱えてないで元気を出して」
これはまぎれもなく、我々のこと。ベルンやラムダが我々に語らうわけです。

整理すると、バトラ達の世界がある。これの内容については後述。
これを見てQ&Aを繰り返す、バトラとベアトがやりあうのがこの上の視点。
それをプレイしている我々の視点。
そしてそこへアドバイスをする、困惑する我々を哀れに思ってアドバイスするベルンの視点。
えらい階層化しています。

で。
「ベアトが赤い文字で語ったことは事実」という非常にメタなことを2次元目でやっています。
メタ過ぎます。清涼院流水ばりにメタです。
そして、一番注目したのは、ヴァンダインを否定したこと。
魔女のルールこそがこの世界での論法であるということ。
多分、これ、大事。

全体の感想から言えば、
ミスリードも何も、情報が揃っていないことが明らか過ぎて、
それを感想というにしてもバトラ自身がそう言っちゃってるから、
つまり、解けないんですよね、絶対。
いや、想像は出来るんだけど。想像と推理は、違うと、思うんですけどね…。

うみねこ1stの時と同じく、この作者は「羽入」という前科があるので、
超常現象を込めた上での推理が必要です。
言うなれば、ソードワールドRPGなどのTRPGで推理物をやるように。
しかもそもそもからして、ベアトリーチェを出してきている。
お茶会の方だけだから座談会と同じだろうと思っていたら、
本編の多次元にも出てきている。
右代宮の館で起こる事だけに着目するのが謎解きなのか、
このメタ部分についても考える必要があるのか、ここら辺は放りっぱなし。

もうね、論点がメチャクチャなんですよ…。

2次元目では、魔法ではないことを立証する事がバトラの命題になっていますけど、
分かりきったことですが、そんな「メタな次元で会話している」ことを立証できるのかというと、
そんなことできやしません。
そこにバトラがいるというだけで、むしろ、魔法の定義自体が良く分からなくなっています。
まともに考えると、ね。

本編では犯罪を阻止することが目的です。
これそのものを、今作の命題だと考えていいのか、それがものすごく気がかりになっています。

バトラが居合わせる場所で起こることと、居ない場所で起こることに、ものすごく違和感があります。
ローザが見たお菓子の復元、カノンが変なブレードで戦うシーン、そしてムダに舞う蝶。
大して、バトラが居合わせるシーンはびっくりするほど即物的すぎることが多い。
前作も今作も、バトラが居合わせてハマっているのはたった2つ。
カギの問題と誰が犯行に及んでいるのか、それだけ。
そして情報が全然足りないので、この二つは保留せざるを得ない。

では超常現象の立証は必要なのか?
これがうみねこの一番面倒なところ。
俯瞰での2人の舌戦は良いとしたとしても、
シャノンのバリアを説明するって、どうしろと…。
クモの巣でひるむ悪霊っていったい…。
絶対に、ムリっすよ…。

2つの作品で、共通している視点があります。
それが、源次。
源次はミスリードするような事を総じて言っていません。逆に全然しゃべっていませんが。

カノン暴走のシーンについて考えてみると。
あのシーンは何らかの作品な訳です。小説でも妄想でもベアトの夢でも良い。
源次いわく、
カノンらしきものを助け、途中からカノンではないものになり、
クモの巣がついたハンカチを近づけると、いなくなった。
これだけ。
常識で考えれば、クモに何らかの効果があるとは思えないので、
ハンカチがキーワードになる。
メタな部分の力を借りれば、「カノンは既に死んでいる」ので、
これがカノンであることは無い。つまりニセモノになる。
これは何の裏づけも無い勘だけど、
カノンの「本名」が何かしら関わってくるのではないかと、思っています。

シャノンの視点は、そのほとんどを信用できません。
理由は「ナツヒの後ろでベアトが頭をポカポカ殴っても気づかれなかった」という超常現象。
これが過去話の中で出てきています。
そうじゃなくても、空間から現れるベアトをカノン共々、何度も見ています。
けれど、この点について2次元目のバトラは「知らない」形で話が進んでいます。
なので、過去話の何が真実を、すっかり信じることが出来ない。

一番のポイントは、鏡。これを割るという事柄がどんな意味をもつのか、というより、
そんな事実があるのかどうかを疑っていると前提があやふやになります。
多分、重要ではない、と思えてくるので、すると、最後にナツヒの部屋で鏡が割れているところ、
これとペアになっているだけだ、と判断します。
確かなのは、
シャノンもカノンも、事件前にベアトという人物に会っているような記述があった、ということだけ。
ジョージとジェシカの視点から見れば、何も問題がないからです。

事件中も、シャノンとカノンの視点や居合わせているところを除外すると、
かなり、魔女色が消えます。

さて。
はじめに6人が殺されたところにあった、金。
これは私じゃなくても前作やってれば誰でも気づきますが、
クラウスが持っていたものだろうと判断できます。
これを出すということは、クラウスは他の5人に金塊についての話をしたと考えられます。
もしくは、強制されたか。

ローザを含めた7人がベアトを名乗る女に、礼拝堂で「魔女であることを認めさせられる」シーンがあります。
「あなたが魔女であることを認める」これは何を意味するんでしょうか。
この部分も「妄想」の類でしょうか。
場所が礼拝堂であることが一番気になるところです。
何故なら、ローザが被害にあっていないのだから。
この段階でルドルフの後妻キリエの過去は全く分かりませんが、
ルーレットでなく基準があるならば、キリエではなくローザを殺害するのが筋でしょう。
前作で郷田などが先にやられるなどの無作為な所が今作でも出ています。

相変わらず、結論もなくダラダラ書いてますけど。
前のひぐらしだと、「綿流し」にあたるんですよね、2作目は。
つまり、ミスリードが多発していて。
キャラの入れ替えが行われていたのにそれをわざと表現していなかったり。
(あのケケケケケが魅音じゃなく詩音だなんてひどい冤罪ですよ…)
今作、キャラというより、ベアトですが、アレがなんなのかが勝負どころでしょう。

勘で言えば、あの人は犯人ではない、となります。
勘ですけどね。
シャノンとカノンの視点を信じられなければ、
会っているのは源次とローザ、そしてマリアだけ。
最後のバトラは論外なので除きますけど。

ローザがね、おかしいんですよ、なんとなく。
前作のナツヒがおかしかったのと同じ。
ナツヒが会った後姿の「おじいさま」、ナツヒの「魔除け」、これに対しローザは、
お菓子復元の目撃、金塊の話があったのにハブかれている謎、
追い詰められて「上出来!」言いながら何かを殺害しまくるシーン。
どっちも訳が分からない。

最後。
壁の絵が頻繁に変わります。ベアトの衣装も頻繁に変わります。
はじめ、「ベアトの娘説」「ベアトとされるもの」として制服姿を見てましたが、
この入れ替わりが激しすぎて、「別人」の見方が困難になりました。
絵については「現在」と「過去か未来」「作中作や妄想」「ベアウトの罠」のような
分け方をしてみましたが、これもメチャクチャすぎて…。
何らかの意図があると思うのに、切り分けることが出来ませんでした…。

結論。
全然分からん…。以上…。
8ヶ月、待つか。

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